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2008/03/19

ジャンク!

流行やブランドや常識にとらわれず、気に入るものがなければ作ればいい。直せばいい。お金をかけず、時には拾ったりもらったりしながら、自分にとって居心地のいい暮しを、自分の手で少しずつ創り上げていく。そんなスタイルを「ジャンク・スタイル」というのだと最近知った。

「ジャンク」と聞くと、私なんかはジャンク・フードを連想するのであまりよくないイメージがあったのだけど、これはイギリスで生まれた言葉だそうで、私も自分が目指していきたいスタイルが、リサイクルやリメイク、ロハスやエコライフという言葉とはどうも違うな、と常々思っていただけに、「そうそう。これこれ。こういうの!」とピッタリ合点。同じ価値観をもつ仲間を見つけたみたいで、嬉しかった。

私が読んだ大平一枝さんの本には、古いネズミとりでランプシェードを作った人や、20年前に買ってポロポロになった革財布を分解し、別の形に縫い直して使っている人などが登場し、そういうセンス好きやな~と思いつつ、でもそういう人たちは、物作りを仕事にしている美意識の高い人たちばかりなので、サラリーマンや専業主婦でもそういう人がいたらいいのに…いるかもしれないが、たぶんいないね、と思うとちょっと寂しい。

面白いなと思ったのは、このジャンク・スタイルな人たちには、若い人やバブル期を経験している世代が少なからずいること。物を何でも買い与えられることや、量産品に囲まれた暮しに違和感を抱いているタイプは、どこにも必ずいるものだ。

物をたくさん持ちたくない。粗大ゴミを見ると、何かに使えないかと考えてしまう。古い物が好き。

それは結果的に、リサイクルやエコにつながる行為ではあるけれど、ジャンク・スタイルにはモノを作り出す喜びが先にある。

だから、ビンボー臭くない。環境のためでもなく、節約のためでもなく、ただそういうことが好きなだけ。

要するに、自己実現的な趣味ですな。趣味。お金があっても、ゴミから何かを作らずにはいられないという。

既製品に自分をあわせることに居心地の悪さを感じる人は、レールの上を走る生き方にも抵抗があるはず。

そういえば、かわしまよう子さんが、道に落ちていた缶のプルトップでキーホルダーを作っていて、それが写真で見た限りではかわいかった。

でも結局は、それを美しいと思い、その美しさを引き出して形にできるかセンスがあるかどうかなので、10万のソファを買うよりも廃材で机を作る生活の方が贅沢で豊かだと思っていても、誰にでもできることではないからなあ。うーん。

ただの憧れで終らぬよう、私もセンスを磨こうっと。

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2008/03/16

旬の雑誌

最近また雑誌にはまっている。私がミニコミ誌を作りたがるのも、いろんな話題がスクラップのようにコラージュされた「雑誌」という形態が好きなせいだと思う。

とはいえ、腐るほど出版されている雑誌の中で私が好きなのは、特徴がはっきりしている個性的な雑誌。ある一つのテーマに沿って、それをあまりマニアックに走らず、いろんな角度からアプローチしたりアレンジしたりしている雑誌である。

なので、べつに韓国が好きでもないのに「スッカラ」を愛読し、他には「大阪人」「自休自足」「Loveカメラ」など、あちこちのサークルにちょっとずつ顔を出しているような感覚で、それぞれの世界を楽しんでいる。

その中でも特に気に入っているのが、「『旬』がまるごと マザーフードマガジン」というなんだかすごいタイトルの雑誌だ。毎回「トマト」「カニ」「ネギ」「さつまいも」「マグロ」など、1つの食材について「語りつくす」というほど力は入ってないんだけど、切り口がなかなか面白く、しかもためになる。

取り上げる食材もいい。だってネギだよ、ネギ。

「食材ごとのレシピ紹介」という切り口はよくあるが、こんな風に読み物として、しかも1冊まるごと使って1つの食材を、という雑誌は他にないだろう。表紙もさりげなくインパクトあり。580円という安さも、魅力だ。

今は似たような雑誌が節操なくあふれているだけに、たまにこういうユニークなものがあると、それだけで嬉しくなる。

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2008/03/14

初体験

大阪に移住して、もうすぐ四年目。だからということでもないが、一度は行って見るべき?行ってみた方がいい?なら行ってみようか?とフト思い、行ってきました「なんばグランド花月」。

といっても、実は私は前から吉本のお笑いがあまり好きではなく、しかもこっちに来てから民放をほとんど見ないので、吉本芸人をほとんど知らない。新喜劇はさすがにテレビで見たことはあるが、そんなに笑えないし…。でもそれはブラウン管を通して見ているからで、ライブで見たらきっと抱腹絶倒に違いない!

そう思っていたところ、ナマで見た新喜劇は…やっぱりダメだ。笑いのツボと沸点があわん。娘は子供だから大笑いしていたけど、ドッカンドッカンとウケている観客に囲まれ、外国にいるような疎外感を味わっていた私。

続いて漫才と落語が交互に始まり、名前は忘れたけど、3人組の面白いコントがあって、これには笑う。正義の味方ブルーマン(服は茶色)とハエ男の映画を撮るクロサワ監督のコント。

あとは、桂小枝がよかった。力が抜けていてうまい!

それに比べて桂文珍は、な~んか言葉の端々がえらそげで鼻につき、期待カズレ。

他には、家族ネタと思い出話ばっかしだった西川きよしが、いい人ぶっていて気持ち悪かった。

ところで、宮川花子が一人で出てきてビックリしたのだが(相方が病気らしい)、ファンでもないのにナマで見られてちょっと嬉しかったのはなぜ?あい変わらず主婦のうっぷんをネタにしていたけど、なんだかんだいっても観客を引き込む力があり、笑うつもりがないのについ笑わされてしまうところが、さすが。

今回は土曜レイトだったので、終ったのが9時過ぎになる。いつも10時半頃に寝てしまうよい子の私は、最後らへんは娘と一緒におねむ…ちょっと疲れたなあ。

それにしても、こんなに統一感のない客層を初めて見たよ。それから不思議だったのが、新喜劇以外は客席に照明が照らされて明るかったこと。そんな中を、みんな弁当食べるわビール飲むわ途中で普通にトイレに行くわで、非日常性ゼロ。買物帰りにちょっと寄りました、というこの気軽な雰囲気は独特で、それなら次回は私もたこ焼きを持っていって…という気分になる。

でも、入場料がもうちょっと安かったらねえ。庶民の娯楽のわりに高めなところが、吉本?

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2008/03/09

ローズマリーが好き

以前このブログで、料理のレシピ本を1つの読み物として読むのが好きだと書いたが、実は料理番組を見るのも大好きで、それはなぜかというと、料理を作っている時の手の動きを見るのが好きだからである。

だって、彫刻や陶芸、手芸のような立体作品を作っている時の手の動きと似ているでしょ?

なので、作っている姿を見たくて、高山なおみさんや辰巳芳子さんのDVDをわざわざ買ったこともある。酔狂といえば酔狂ですね。

ところで、それとは少々趣が違うが、最近ハマっているのが、ケーブルTVで放映中の「The World of GOLDEN EGGS」の中の「ローズマリー兄弟のMORIMORIクッキング」コーナー。これは、ローズとマリーというオカマの兄弟が、料理をしている動画をみながらコメントをするコーナーで、問題は、そのコメントが料理とほとんど関係なかったり、作り方も「昔の男を思い出しながら、煮込みました」とか「これ、たぶん砂糖です」とか、テキトーなのが特徴。

それに、時々ケンカをするところなどは、まあ、おすぎとピーコが即興でかけあいをしているようなのを想像してもらえたらそれに近いのだが、おすぎとピーコよりシュール度が高いのは、この2人が本当のオカマではないせいかも。

いや、本当のオカマなんかな。よくわかりません。

ともあれ、ギャグでありつつ、料理もちゃんと?作ることができる趣味と実益を兼ねたクッキングコーナー。わりと本格的な料理ばかりなのに、あんまりおいしそうには見えないところも、気に入っている。

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2008/03/06

直筆のよさ

私もそうだが、今や原稿を書く人はほとんどパソコンを使っていると思う。

そこで気になるのは、そのために作家の直筆原稿が残らないということ。今活躍している作家たちの直筆原稿が全く存在しないとなると、将来の研究者にとってゆゆしき問題だろうし、私たちにとっても、つまらないことである。

直筆原稿には、創作の苦労や字体から推察される人物像など、その作家の息づかいが刻み込まれていて、それがとうの昔に亡くなった作家のものであれば、なおさら面白い(確か、原稿用紙の余白に借金の覚書だか家計簿らしきものを落書きしていたのは、石川啄木じゃなかった?)。直筆原稿には、これが心血を注いで生み出した作品だという生々しさがある。

だいたいパソコンで打った原稿は、サインがない限り、厳密には誰が書いたかわからない。だからそのうち、人気作家の没後に未発表作品の偽物が出回ったりして。

しかしそれは、手紙も同じだ。メールは長期間残らないし、残さないだろうから、手紙という第一級資料を使った研究は期待できなくなる。

パソコンの普及により、それらを使った文学研究が成り立ちにくくなってしまうのも、時代の流れとはいえ、さみしいことよのう。

とまあこんな風に、作家の直筆が見られなくなるという危機感をつのらせていた時、新潮社のPR誌「波」の表紙に、毎号有名作家の直筆写真が載っているのを発見。北杜夫、伊丹十三、阿川弘之、村上春樹など、昨今問わずのラインナップに、すごい!これは貴重だ!と1人でコーフン。

毎回直筆サインも載っているので、まるでサイン本を手にしたような気分も味わえる。

さすが新潮社。やることがしぶいな。本好きの方は要チェック。

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2008/03/03

スウェーデンの新しい絵本

スウェーデンの絵本といえば、真っ先に思い浮かぶのが「長くつ下のピッピ」だろうか。正確には絵本ではなくて児童文学だけど、最近子ども向けの絵本版(同じ作者によるもの)も出たようで、他にも昨今の北欧流行りをうけて、新しいスウェーデン作家の絵本が日本でも次々と読めるようになった。

その中で、従来のスウェーデンのイメージをくつがえすような絵本がある。

その名も「セーラーとペッカ」という元船乗りのおじさんとイヌのお話シリーズだ。

荒井良二が大ファンだというこの絵本は、かなり不思議な作風。ペットでなく同居人みたいに普通に居間でテレビを見たりしているイヌのペッカが、時々よつんばいになって歩く。ゴキブリ(カワイイ!)が普通に洋服店を営んでいる。もちろん人間も普通にいる。

シュールで懐かしくて、へんてこで温かい。

だいたいこれを絵本といってよいのかどうか。マンガみたいなコマ割りだし、ストーリーにもはっきりした着地点がない。写真とコラージュされた絵が現代アートみたい!

と思っていたら、なんと作者は現代美術作家だそうで、だからこういう、子どもに何かを伝えようとか教えようとか、大人のノスタルジックを刺激しようだとか、そういううさんくささから遠く離れた今まで見たこともない絵本が作れたんだな。

なので、ひと目みてとりこになった私は、シリーズを全部持っている。

1番好きなのは、「いったいどうした?セーラーとペッカ」で、このタイトルからして一体どうした?っていう、あらゆる既成概念を打ち破る変わったお話。短編映画のような余韻を残す終り方が大好きだ。

ここにセーラーとペッカがいると思うだけで、世界がほんの少し楽しくなる。

でもこれ、最初はアメリカの絵本かと思った。清潔でオーガニックでかわいいのだけがスウェーデンではないことが、これでよくわかる。

いったいどうした?セーラーとペッカ (SAILOR OCH PEKKA 2) Book いったいどうした?セーラーとペッカ (SAILOR OCH PEKKA 2)

著者:ヨックム・ノードストリューム
販売元:偕成社
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2008/03/01

鳥の住まい

せっかくデジカメを買ったのに、なんだか前よりも写真を撮る気になれない。以前は何かあるごとに、大量のフィルムを消費していたっけ。

でも写真を見るのは好きだ。好みがはっきりしているせいかあまり写真集は持っていないけど、だから気に入った写真集がほしいなと常々思っていた。

そんな時、偶然知った「バードハウス」という本。そういえば、以前大阪のギャラリーでバードハウスの写真展をやっていて、すごく行きたかったけど行けずにいたのを思い出し、「これは運命の再会だ」と勝手に思って購入する。

家にはツリーハウスの本があり、たまに眺めては「夢があるねえ」なんて思っていたけど、こっちは鳥の巣箱だよ。この世にいらないといえばいらないものだし、わざわざ人間が作ってやることもないわけなのに、こんなのが庭にちょこんとあるだけで、自然のサイクルに自分も参加できたような、そんなくすぐったい気分になってしまう。

なんといっても、このかわいらしさ!

巣箱は鳥かごや犬小屋とは違い、ペットのために作るのではない。野性の動物が快適に住める場所を、人間がちょっとだけ手を差し伸べて用意する。鳥は気に入ればそこに住むし、気に入らなければ知らん顔。この程よい距離感がいいのだ。

そんな関係を築くことができるのは、もしかしたら巣箱だけかも?

それに、鳥は巣箱の見た目にはうるさくないだろうから、そこは作り手のセンスによって、こんなにも様々なデザインが生まれるという驚き。

巣箱は日本ではあまり見かけないけれど、鳥をカゴに閉じ込めたくない、でも近くまで来てほしいあなた。ぜひバードハウスに挑戦を!

ただし、場所選びが難しそうですな。毎年ツバメに来てもらって軒下に巣を作ってもらうよりかは、実現できそうだけどね。

バードハウス―小鳥を呼ぶ家 (INAX BOOKLET) Book バードハウス―小鳥を呼ぶ家 (INAX BOOKLET)

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